亭ハ嘉暦三年、夢窓国師ノ建立ニシテ、五山ノ僧徒屡々詩会ヲ催セシ所ナリ。然ルニ其後頽廃セシヲ徳川光圀一堂ヲ建テ、其傍ニ寮ヲ設ケ、一覧亭集詩板ヲ縣ケシトイフモ、堂寮共ニ今ナク、礎石ヲ存スルノミ。「前もまたかさなる山のいほりにて梢につゝく庭の白雪」ハ夢窓国師ノ此亭ニテ詠メルモノナリト伝ヘラル。
昭和十年三月 鎌倉町青年団建
瑞泉寺のうら山の中にあるが文章にもあるように今はなにもありません。五山とは鎌倉の五山で第一建長寺、第二円覚寺、第三寿福寺、第四は浄智寺、第五は浄妙寺。これらの寺の僧のことを五山の僧といいます。「屡々」は「しばしば」とよみます。集詩板は詩(漢詩)を集めてこれを板に書いたのです。その板亭には屋敷をいう場合と、四方があけはなしになっているあづま屋の意もあります。本文はあづまや。明治以前は詩というと必ず漢詩を意味したが夢想国師の作品は和歌でちょっと碑文には ごたつきが感じられます。漢詩のなかにたまたま和歌も加えられたのでしょうか。遍界とは、三千世界のことです。
〔参考〕
江戸時代、水戸光圀が夢窓国師を慕って瑞泉寺やって来て、本堂裏の庭園の上に再興したが 現在は小さな堂があるだけ。見晴らしは素晴らしく冨士、箱根、鎌倉の山並みも一望できます。