佐々目ケ谷ノ東南ニ方リ路傍二所ニ古キ石塔建テリ。辻ニ塔アル故ニ塔之辻ト言フラン。傳ヘ云、昔由井ノ長者太郎大夫時忠ノ愛児三歳ノ時鷲ニ攫ハレ追求スレトモ得ス。父母ノ悲痛措ク處ヲ知ラズ。散見セル片骨塊肉ヲ得ルカマゝニ是レヤ吾児ノ骨彼レヤ吾児ノ肉カト思ヒツゝ所在ニ塔ヲ建テゝ之ヲ供養シ以テ其ノ菩提ヲ祈レリ。是ノ故ニ鎌倉諸處ニ塔ノ辻ト言フ処アリ 此處モ其ノ一ナリト、或ハ言フ。往時ノ道標ナラント、未タ其ノ何レカ眞ナルヲ知ラス。
昭和四年三月 鎌倉町青年團
塔の辻=佐々目ヶ谷は現在は笹目とかき、由比ガ浜商店街一帯。 措ク処ヲ知ラズ(おくところをしらず)=意味はどうしてよいかわからない。所在=骨や肉が散乱していたところ。菩提=極東浄土に往生すること。
〔参考〕
塔之辻は鎌倉中に七、八か所あったようで、路端にある古く大きな石の塔のある場所を塔の辻と言ったようです。小町の北堺に大蔵の辻があります。