野尻宿の宿長は6町3尺(約655m)あり奈良井宿に次ぐ長さであった。上町、仲町、下町、荒田町で構成され、宿並は外敵からの防衛目的で屈曲し「野尻の七曲り」といわれた。宿並は1894年、1943年の大火で焼失、往時の面影は殆ど失われてしまった。1843年の中山道宿村大概帳によれば野尻宿の宿内家数は180軒、うち本陣1、脇本陣1、旅籠19軒で宿内人口は986人(男490人、女496人)。
伊奈川に架かる伊奈橋、両側に石垣を設け、せり出して掛けた長さ26メートルの反橋である。白い波頭が急流を表している。。